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母が神となる久高島の祈りのかたち・沖縄旅その4

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久高島
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埼玉生まれ。さすらいの星よみライター。 2010年〜2015年、インド、ニューデリーの地で修行(仕事)に励む。日本語フリーペーパーの編集などの仕事に携わり、2015年秋にチベット人の彼と結婚。日本に帰国。 占星術をもとに日々をつづるブログ「CHARKHA NOTE」およびマクラメ天然石アクセサリーと占星術鑑定のネットショップ「CHARKHA STORE」を運営。

今回の沖縄旅のメインの目的地、神の宿る島、久高島に行ってきました。
カベール岬

俗な呼び方をしてしまえば「パワースポット」です。

でも、「パワースポット」って言葉には「何かスピリチュアル性の高いエネルギーを吸収できる場所」、のような意味合いが込められている気がします。

私が実際に訪れて抱いた久高島の印象は、そんなパワースポットなんて言葉で語ってしまえるような安っぽい場所じゃなくて、なんだか大いなる存在が宿っている場所。あの世とこの世の狭間みたいな、触れてはいけない繊細な魂が在る場所。

旅の記録を記す前に、久高島が「神の島」と呼ばれる由縁を書かなければその素晴らしさは語れないと思いまして、今回は久高島の祈りや文化の話をお届けします。

原始の祈りが今なお息づく久高島

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島のくらしにとりこまれた数々の神事

久高島には島づくり神話、人づくり神話、穀物伝来神話など、独自の創生神話が残されています。

海底のなかにあった島が神の手によって海上にあらわれ、先祖がどこからきてどのように食料となる穀物が広まっていったか、これらのストーリーは1年を通して行われる様々な島の祭祀のなかで再現されるそうです。

年間を通して約30ほどの祭祀が執りおこなわれていたと久高島について書かれた本「日本人の魂の原郷 沖縄久高島
」に記されています。

久高島でもっとも有名な祭祀イザイホー

なかでも久高島でもっとも有名な祭祀が、12年に1度おこなわれるイザイホー

イザイホー
画像参照:UPLINK

イザイホーは母が神になる刻(とき)と、「日本人の魂の原郷 沖縄久高島
」で紹介されています。

午(うま)年の旧暦11月15日の満月の日から4日間に渡っておこなわれるこの祭、イザイホーは、島で生まれ育った30〜41歳の女性が神職者、神女(タマガエー)として就任する儀式

ただし1978年を最後に、イザイホーは行われていません。1990年のイザイホーからは新たな神女(タマガエー)となる資格のある女性がいなかったこと、儀式の祝詞や段取りをもっともよく知る神職者が亡くなったことで行われなくなってしまったそうです。

イザイホーについては、前述の「日本人の魂の原郷 沖縄久高島に詳しく書かれています。久高島に通いつめ貴重な資料を残した写真家の比嘉康雄さんが書いた本です。

また、1966年に行われたイザイホーのドキュメンタリー映画『イザイホウ -神の島・久高島の祭祀-』も2015年に各地で公開されました。(私はまだ観ることができていませんが…)

子どもを産み育てた女が神になる

久高島のイザイホーは古代の日本の祈りの形が残された貴重な文化として、1966年、1978年に行われた時は数多くの学者やメディアが殺到したそうです。

イザイホー
画像参照:UPLINK

私が衝撃を受けたのは、「女が神となること」。

イザイホーの説明でも書きましたが、久高島では30歳以上の女性が神職につくことが定められていました。昔々はおそらく20代(もしくは10代)で子どもを産むことが普通だったはずですから、いってみれば「母が神となる母性神」文化だったわけです。

そして島の中心に在る聖域であり祭祀がおこなわれるフボー御嶽(うたき)、男性は立ち入ることができません。
(といいつつ、「日本人の魂の原郷 沖縄久高島で著者の比嘉さんがあっさり入ることを許されたという話がありますが…)

昔は久高島で生まれた子どもは、女は神人(カミンチュ)男は(ウミンチュ)になる一生が決まっていたそうです。

世界各地の主たる宗教を思い返しても、母となった女性が祭祀を担う「神」となる文化は思いつきません。

ネパールにはクマリという選ばれた少女が守護神となる制度がありますが、クマリは初潮がはじまったらその役目を終えます。母となる前にふつうの人間にもどるのです。

そして日本の本土における天皇制。「神」という言い方はすでにしていないと思いますが、女性が天皇になることは現状認められていません。

でも、原始の人々の心情を考えれば、ひとつの生命を宿して産んで育てることのできる母となった女性が崇められるのは当たり前じゃないでしょうか?

なんだかフェミニストみたいな意見になってしまいますけど。

久高島で母系社会のうまれた背景

古代の穀物栽培がはじまる前の久高島では、島の東岸のサンゴ礁の浜で魚介類を採取する生活が行われていたそうです。
魚介類の採取は性別や年齢問わずできますから、そこに男性上位の関係性は生まれません。

また、結婚や夫婦というシステムがなく、男性は自分の子どもと「親子」のつながりがなかったそう。
子どもを産み落とし授乳して育てた母親だけが集団の中のつながりや絆を認識できる立場にあり、そういった生活もまた母が神となる文化につながっていったのではと言われています。

天皇制が始まる前の原始時代の日本(本土)だって、おそらく同じような宗教観を抱いていたはず。

それが大陸からの文化の流入やら何やら、時代の流れとともに今の男性主体の文化に変わっていってしまったのかもしれませんね。(あくまで個人的な予想)

まとめ

さいごに「日本人の魂の原郷 沖縄久高島の一文で締めたいと思います。

この母性原理の文化は、父性原理の文化がとどまることを知らず直進を続けて、破局の危うさを露呈している現代を考える大切な手がかりになるだろう。(日本人の魂の原郷 沖縄久高島より引用)

次回の記事は、実際に久高島を訪れた写真と記録をご紹介したいと思います。

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埼玉生まれ。さすらいの星よみライター。 2010年〜2015年、インド、ニューデリーの地で修行(仕事)に励む。日本語フリーペーパーの編集などの仕事に携わり、2015年秋にチベット人の彼と結婚。日本に帰国。 占星術をもとに日々をつづるブログ「CHARKHA NOTE」およびマクラメ天然石アクセサリーと占星術鑑定のネットショップ「CHARKHA STORE」を運営。







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